水引について

水引の歴史・・・(wikipediaや中秀流水引さんのHPから引用の上少し簡略化しています・・                        http://mizuhikimusubi.web.fc2.com/about_mizuhiki/index.htm)

遣隋使の小野妹子が帰国の折りの献上品に紅白に染め分けた麻糸がかけられて

それ以来宮中への献上品などに 紅白の紐をかける習慣になったということです。

贈答品にかける水引は、礼法の折り形の発展とともに発達していき

礼法の概念が明確にされたのは、武家社会になってからのことのようです。

相手を敬い奉仕する。

そんな気持ちを口にするのではなく、形に置き換えて相手に伝えることが、

その基本的な考え方でした。

また鎌倉時代の武家社会では、物品を和紙で包み、紙縒で結んでとめて贈ることが、

すでに礼儀作法のひとつとして成立していました。

時代柄 紙は非常に貴重なものでしたから、その紙で包むと霊が吹き込まれるという意味もあり、

さらにそれを結ぶ水引の形で贈り物の意味を伝えたものです。

もう1つには、゛封印する ”という役割を兼ねており、

結び直しのきかない和紙製の紙縒(水引)をつかうようになったのです。

未開封であるという封印の意味や魔除けの意味、

人と人を結び付けるという意味あいをもち、

いわゆる西洋のラッピングやリボンのように解く事を前提としたものとは意味合いが異なります。

武家の礼法のなかで、贈答物の包み方、 水引の結び方も細かく定められ、

後には広く人々の生活の中で伝えられていくことになるのですが

その礼法は、町方にも普及していきます。

その理由の一つには、経済力によって武家と互する力を蓄えた町人階級が、

“礼儀作法 ”という一種の格式を求めたのでしょう。

江戸時代には、水引をつくり、それを結ぶことを生業とする水引師が

職業としてすでにあったようです。

明治になると、女子師範学校、華族女学校などで、

女性必修の教養として折り紙、水引結びが伝承されていくことになりました。

明治から戦前までが一番水引結びが発展した華やかな時代で

女の子は、先生を家にお招きして、

お茶、お花、舞、謡、作法などの稽古事を習ったわけですが、

水引もその中のひとつとして、じっくりと時間をかけて習得したようです。

水引に限らず古来より人々は 結びに願いや思い、祈りをこめてきました。

あからさまにいわないで相手に感じとってもらう、

そこに日本人独特の美意識があるのように思います。

水引を結んで贈り物につけてさしあげるときには、

思いを結びの形にして先様に心を伝えているのですね。

感謝の気持ちを形にした感謝結びだったり、

秘めた思いを使える思い結びだったり。

最近ではまた、少しずつ白い紙で包み、水引できりりと結んだ美しさ、

折り目正しさに心引かれる方々も増えているようです。